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福岡地方裁判所 昭和25年(行)109号 判決

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は請求の趣旨として、一、被告が昭和二十四年八月二十日原告に対し昭和二十四年度産小麦二俵を供出せしめた処分を取消す、二、被告が原告に対し昭和二十五年三月一日迄に昭和二十四年度産米二石四斗七舛三合を供出せしめた処分を取消す、三、被告は請求の趣旨第一項の小麦二俵及びこれに対する昭和二十四年八月二十一日以降返還に至るまで年五分の割合に依る量の小麦と、請求の趣旨第二項の玄米二石四斗七舛三合及びこれに対する昭和二十五年三月二日以降返還に至る迄年五分の割合による量の玄米を所要の費用を負担して原告の指示する原状に回復して引渡せ、四、若し前項特定の小麦並びに玄米を返還することができないときは、被告は原告に対し前項と同量の代替物を原告の住所において引渡せ、五、若し又前項の代替物の返還も不能のときは被告は原告に対し前項の量の小麦並びに玄米を小麦については一俵(六十瓩入)につき金千五百六円、玄米については一石につき金五千五百三十七円五十銭の割合により換算した金員を支払え、六、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求原因として、陳述した主張の要旨は、

第一、被告は昭和二十四年八月二十日原告の妻マサに対し昭和二十四年度産小麦二俵の売渡を命じ同人をして原告名義を以てこれを政府に売渡させた、その翌日原告は右処分のあつたことを知つたので被告に対し右処分の取消を求めるため供出麦返戻請求書と題する書面を被告に宛て郵便に付して送付した、これは行政事件訴訟特例法にいわゆる訴願に相当し、原告は翌二十五年三月十七日被告に対し右訴願の裁決を促したところ、被告は原告の右訴願を容れなかつた、然しながら右小麦二俵の売渡を指示した処分は次の如き理由により違法である、すなわち原告は完全保有農家ではなく現に昭和二十四年八月二十一日以降転落農家として主要食糧の配給を受けている程で、米麦の供出義務は全然ないのにも拘らず被告は原告の妻をして原告の昭和二十四年度産麦の自家保有量の全部である裸麦一俵及び小麦三俵四十九瓩を原告名義を以て供出せしめ、更に被告は昭和二十四年八月二十日原告の妻を脅した上食糧を配給するからと利を以て誘い原告不知の間に秘かに他村より小麦二俵を借り受けさせて原告名義を以てこれを供出させている、これを要するに供出義務のない原告に対し小麦二俵の売渡を命じた処分であるから違法である、若し仮りに右小麦二俵について原告に供出の義務があるとしても原告の妻を脅し且つ利を以て誘い売渡を命じた処分であるから違法であるばかりでなく、被告の定める農業計画による供出の対象となるものは宮野村内において生産された主要食糧農産物に限り他村において生産された小麦は供出の対象となるものではないからこの点においても右処分は違法であり、且つ原告が被告の売渡命令に応じないときは食糧緊急措置令による強制収用の処分によるか或は食糧管理法に定める売渡義務違反の罪責を問擬するかの何れかの処分によるべきである、然るにも拘らず敢て売渡しを命じた右処分は法規裁量を誤つた違法がある、よつて右処分の取消を求める。

第二、被告は原告に対し昭和二十四年度産米の供出数量を三石四斗二舛二合と割当をなしていたところ、嘉穂地方事務所長より管下町村長に宛て昭年二十四年産米(雑穀)甘藷未供出確認措置要領と題する書面を以て、供出完遂できない農家はその不可能な事由及び数量を町村長に届出ることができる旨通達されたので、原告はその趣旨にもとずき昭和二十五年一月二十日被告に対し前記割当量三石四斗二舛二合全部の供出できない旨を理由を附して届出た、そしてこれにより福岡県において原告に対する右供出割当量の全部につきこれを免責数量すなわち供出の責任を免除する旨の認定を受け、原告は同年二月二十一日確認の結果の通知を受けた、従つて原告は前記割当数量全部につき供出を命ぜられる義務を免れているのである、然るに被告は同日から翌二十二日にかけ原告の居住する迫の谷の組長野見山利秋の主宰する組の会合における無権限者である同組合長等の取り決めを利用して原告既得の右免責の利益の侵害を謀り同月二十四日免責数量を勝手に九斗四舛九合に減額して原告に対し二石四斗七舛三合の供出を命じた、原告はこれに対し異議を申立て被告より同月末日を期限とする供出の猶予を得たが被告は同年三月一日原告の妻マサを通じて右異議申立の理由を否定し、同人を脅し且つ食糧を配給するからと詐つて原告の意に反し同人をして昭和二十四年度産玄米二石四斗七舛三合を供出として政府に売り渡させたのである、これがため原告は妻マサと離婚するの已むなきに至り、あまつさえ被告の違約による配給不許可のため爾来八カ月間惨たんたる米無し生活を続けた、叙上要するに前記免責によつて供出義務のない原告に対し被告が昭和二十四年産米二石四斗七舛三合を政府に売渡すべきことを命じた処分は違法であるからこれが取消を求める。

第三、右取消請求の対象たる小麦二俵及び玄米二石四斗七舛三合は被告が法律上の原因なくして原告の財産により利益を受け、これがため原告に損失を及ぼしたのであるから被告は原告にこれを返還する義務がある、しかも被告は悪意の不当利得者であるから利得した日の翌日から民法所定年五分の割合による利息を附すべき義務があり且つ右返還に要する費用も被告の負担すべきものであるから前記小麦二俵及びこれに対する昭和二十四年八月二十一日以降返還に至るまで年五分の割合による利息並びに前記玄米二石四斗七舛三合及びこれに対する昭和二十五年三月二日以降返還に至るまで年五分の割合による利息をそれぞれ所要の費用を負担して原告の指示する原場に返還することを求める、若し被告が前記の小麦及び玄米を返還し得ないときは同量の代替物の返還を求める、若しこれも亦返還不能のときは右返還量を時価たる小麦については昭和二十五年八月五日物価庁告示第十号による小麦一俵(六十瓩入)三等金千五百六円、玄米については昭和二十五年十二月二十八日物価庁告示第十九号による玄米一俵(六十瓩入)三等金二千二百十五円の割合によりそれぞれ換算したる金員の支払を求める

ため本訴請求に及ぶというにあつて、(立証省略)

被告訴訟代理人は本案前の主張として、被告は昭和二十四年度産小麦及び米についてはそれぞれ適法に農業計画を定め、所定の手続を経て各生産者に右農業計画を指示し原告に対しても勿論適法に右の手続を履践しているので右農業計画に不服あるときは食糧確保臨時措置法(以下単に食確法と略称する)第六条所定の異議の申立をしなければならないのに拘らず右異議の申立を欠ぐ本訴は不適法として却下さるべきであると述べ、本案につき主文同旨の判決を求め答弁として、被告が原告に対し昭和二十四年産麦の供出を命じ、これにより昭和二十四年八月二十日原告の供出として小麦二俵が政府に売渡されたこと及び被告の原告に対する昭和二十四年産米の売渡命令にもとずき昭和二十五年三月一日迄に玄米二石四斗七舛三合が供出されたことは争はないが原告が転落農家として食糧の配給を受けているので米麦供出の義務はない、との主張事実は否認する、被告は食確法の規定に従い昭和二十四年度の農業計画を定め所定の手続を経て、これを生産者に指示している、ところで右農業計画において定める米麦等の供出量は宮野村農業調整委員会において、先ず村内における生産者の耕作反別とその地方を調査しこれを基礎として当該年度における各生産者毎のいわゆる事前割当を行い、次で収獲前各耕地につき実地に検見をなして事前割当の当否を調査し、これを不当と認めるときは補正し、更に収獲後実収高を調査して右検見により定めた補正割当量と実収獲量とを比較し右検見による割当量を不当とするときは此の実収獲量より保有量として飯米、次年度の種、家蓄の飼糧等を控除した余剰を以てこれを供出量と決定するのであつて、以上の手続を経て定められた原告の昭和二十四年産麦の供出割当量は事前割当二石七斗三舛二合であつたものが二石三斗四舛四合に減額補正せられ、同年度産米について事前割当量は三石六斗六舛であつたが、検見後の割当供出量は三石四斗二舛に減じ更に実収獲による補正割当供出量は二石四斗七舛二合に減じたのである、尤も原告が昭和二十四年八月二十一日より同年十月三十一日迄の間主要食糧の購入をなし得るよう被告より農家用主要食糧購入通帳の交付を受けていることは認めるけれども、右通帳の交付を受けているからといつて単にこのことのみから供出義務が消滅していると見るのは早計である、すなわち供出義務を負う完全保有農家中には、真に已むを得ない事由によつて保有量を急速に無くし、これがため生活に困窮を来した者ばかりでなく、不正に闇売り等をしたため生活に困る者もあり、後者のような場合でも供出義務を免除することはないが、食糧購入通帳を交付して生活に支障なきよう救済することもあるから食糧の配給を受けているからといつて供出義務の消滅とはならないのである、原告は食確法第八条の規定にもとずく請求により供出義務の免除を受けているのではないが、保有食糧の欠乏を理由に農家用主要食糧購入通帳の交付を執拗に要求するので被告はその煩に堪えず右通帳を原告に交付したのであつて、これは恩恵的救済手段として与えたものに過ぎないから、これがため毫も原告の供出義務を免除したものでもなく、又これがため供出義務免除の効果を生ずるものでもない、以上に反する原告の主張事実は総てこれを否認する、と述べた。(立証省略)

理由

先ず本件訴の適否について考えるに、被告は食確法第六条に規定する異議の申立を欠ぐ本訴は不適法であると主張するが、本件訴は要するに、被告が原告に命じた昭和二十四年産麦及び米の売渡命令の違法を主張してその取消を訴求するものであつて、毫も被告の定めた昭和二十四年度の農業計画の違法を主張するものではないから、原告において右農業計画に対する異議の申立を欠いでも本訴を不適たらしめるものではない故、被告の右主張は失当であり、他に本訴を不適法として却下すべき理由もない。

次に本案につき審究するに

第一、小麦二俵の供出処分の取消請求について

被告の原告に対する昭和二十四年産麦の売渡命令にもとずき昭和二十四年八月二十日原告の供出として小麦二俵が政府に売渡されたことは当事者間に争なく、右供出については原告に代つてその妻マサがこれを行つたものであることは証人清水マサの証言によりこれを認め得る。原告は転落農家として主要食糧の配給を受けているので麦の供出義務はないと主張するので考えるに、原告は被告より農家用主要食糧購入通帳の交付を受けて昭和二十四年八月二十一日以降その配給を受けていることは当事者間に争ないが証人田中貞次の証言により真正に成立したものと認める甲第一号証に同証人の証言を綜合すれば原告の生産数量が自家保有量に満たないいわゆる転落農家ではないとはいえ、転落農家としなければ主要食糧を配給する理由がないので、被告において只形式的に転落と記載して昭和二十四年八月二十一日より同年十月末日迄の間農家用主要食糧購入通帳を原告に交付したに止まり、原告を真実転落農家として取扱つたものではなく、却つて原告は昭和二十四年産麦二石三斗四舛四合の供出義務を負うていることを認めるに足るから、前記認定の原告が食糧購入通帳の交付を受けこれにより食糧の配給を受けている一事のみを以て直ちに原告に前記麦の供出義務がないと論断することはできない。又原告は被告が原告の妻を脅し且つ利を以て誘い売渡を命じた旨主張するけれども前記清水証人の証言を以ては未だ右事実を認定するに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない、更に原告は被告が前記小麦二俵を他村より借り受けさせてこれを供出せしめているので違法であると主張する、なるほど右清水証人の証言によれば同人が他村より小麦二俵を借り受けてこれを供出したものであることを認め得るけれども、被告が同人を強制して右小麦を借り受けさせたことについてはこれを認め得る何等の証拠もなく、なお又他村より借り受けて小麦を供出したからといつて、それ故に前記売渡を命じた処分を違法ならしめるものでもない。而して原告は被告が裁量を誤つた違法があると主張するが、右売渡を命ずる処分に替えて、被告が原告に対し食糧緊急措置令による強制収用の処分を行うか、若くは食糧管理法所定の売渡義務違反の罪責を問うか、そのいずれかの措置によらなければならぬ法律上の拘束を受けるものでもないから裁量を誤つた違法があるとも認め難い、以上いずれの点においても前記小麦二俵の売渡を命じた処分には違法の簾はないから右処分の取消を求める請求は理由がない。

第二、米の売渡命令の取消請求について

被告が原告に対し昭和二十四年産米の供出割当量三石四斗二舛二合を二石四斗七舛三合と補正したこと、被告の原告に対する昭和二十四年産米の売渡命令にもとずき昭和二十五年三月一日迄に原告の供出として玄米二石四斗七舛三合が供出されたことは当事者間に争がなく、原告は、右補正前の割当量たる二石四斗二舛二合の全部につき福岡県より供出義務の免除を受けている旨主張するので考えるに、成立を是認すべき甲第七号証によれば昭和二十四年十二月二十四日附を以て嘉穂地方事務所長より管下町村長宛に昭和二十四年産米の供出について町村長より指示された供出変更数量を供出できない農家は、その不可能な事由及び数量等を町村長に届出ることができる旨通達されたことが認められ、成立に争なき甲第八号証、第九号証に前記田中証人の証言を綜合すると、原告より被告に対し右通達の趣旨に則つて昭和二十五年一月二十日附を以て昭和二十四年産米供出不可能数量届出書と題する書面を以て同年度産米供出量の変更数量三石四斗二舛二合の供出不可能の旨届出がなされていることを認めるに足る、而して前記清水証人の証言によれば昭和二十五年二月二十一日頃原告の居住する迫の谷組に対し被告より免責数量として七石六舛の割当があつたことを認めることができる、然し乍ら右甲第七号証によれば前記届出書類は町村長から地方事務所長を経由して県知事に提出されるけれども県知事において右届出にもとずき農家個人に対し直接供出の責任を免除する処分が行はれるものではないことを窺知するに足り、而も前記田中証人の証言によれば前認定の届出書が被告に提出された当時において、既に宮野村農業調整委員会が各生産者別供出量の最終的割当を決定した後であつたため、割当数量を変更し得る余地がなかつたので、原告からの右届書は被告より地方事務所長に送付されないまま被告の手許に留め置かれていることを認め得るので、彼此対比するときは原告の右届出に対し未だ原告の供出の責任を免除した処分はなされていないと断定する外はなく、他に原告の右主張事実を肯認するに足る証拠はない、然るときは、被告が原告に対し、昭和二十四年産米二石四斗七舛三合を政府に売渡すべきことを命じた処分に違法の点はないから右処分の取消を求める請求も理由がない。

第三、小麦並びに玄米の返還請求について

右請求は被告が原告に対し小麦二俵並びに玄米二石四斗七舛三合の各供出を命じた処分の取消されることを前提とするものであるところ、敍上認定の如く該取消請求は理由がないこと明かであるから、従つて右請求も又理由がない、更に原告は右小麦二俵及び玄米二石四斗七舛三合の返還不能のときは、予備的に代替物の返還を求め、右代替物の返還も履行不能のときは更に予備的に損害賠償を請求しているけれども、前記特定物たる小麦及び玄米の返還請求が理由なき以上、右予備的請求も又いずれも理由のないこと多く論ずる迄もない。

仍て爾余の判断を俟つ迄もなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。(昭和二六年九月一二日福岡地方裁判所)

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